飛び込んでみないとわからない。
そして痛い目に合わないとわからない。
そんな世界が世の中にはたくさんある。
てか、そんなんばっかりよね。
対処方法は2パターン
そんな新しい世界に入ったときに人が選択するパターンは2つじゃないか、と考えてみる。
- 痛すぎたりして諦める
- 痛くても続けていけばなんか経験する
僕はバイトを前者でやってました。
特になんかバイトしていない期間が1ヶ月くらい続いてなんかやらないといけない脅迫観念に駆られて、やり始めた日雇い系バイト。
体力なさすぎて2日でケツ割った( ;´Д`)
その後もいくつかバイトやって面白くて美味しい賄いついて時給もいい仕事に出会えたから結果オーライだと思う。
後者は修行期間の職人さんの職場がそれではないかな。
最初は辛いけど、続けていくことで基礎が出来て応用、新しい形を作っていけるようになる。
最近僕の気質は職人気質であると再認識しました。笑
基礎は大事よね。観阿弥、世阿弥が説いた守破離という考えは好きです。
良い悪いは議論できることではないですよね。
これって相性だと僕は考えてます。
僕の場合の社会人になって感じたギャップ
ここからタイトルのお話。
僕の場合はサラリーマン初っ端からギャップだった。
営業志望で入社したけど最初はプログラマー。ん??Σ(゚д゚lll)って感じだった。
裏には経営陣の思惑があったとしても、表ではパソコンが得意そうだからなんてことでシステム部へ。
得意でもないプログラムなんてやり始めて四苦八苦…。
当時はSEとして働いてた先輩しか教えてくれる人はおらず、先輩も部下を持つのが初めてだったので意思疎通が難しかったですね…。
会社的にスキル習得支援はなかったので結局自分で調べるしかなかったのは辛い思い出です笑
現在業務は変わってますがなんだかんだ同じ会社で仕事を続けてますね…。
メリットとしてはシステムの知識は少しついたので社内のシステム部との会話だったり営業へのシステム的な要素を伝えるときには翻訳できるようになりました。
まさにギャップを埋めている感じ。笑
なんでギャップを感じるのか
考えたいのは何故ギャップを感じるのか、ということ。
ここ数日考えているんだけど、一つは知恵が少ないことが挙げられるのではというアイデア。
無知は知識がないことを指すので、無知ではないかなぁと。
知恵が少ないってはどういう状態か。
僕なんかまさにそうですけど、人は調子がいいもんで、自分の都合のいいこと選んじゃうんですよね。
やっぱり自分の周りの情報しか集めなくなってしまうと広がりがないので、ギャップも生まれやすいと思うわけです。
それを何らかの手立て、刺激で広げてあげればギャップ…なくならないかなぁ。